無限
2012年4月28日自由に生きればいいよね。
好きなように、思う存分生きればいい。
未来は無限だ。
何も執着することはない。
執着はみんな過去だ。
過去より未来の方が遙かに遙かに豊かなんだね。
それも無限の豊かさだ。
ささやかな過去に、なんで執着する必要があるんだろうね。
無限の未来に向かって、無限に自由に生きていけばいいんだよ。
宇宙は無限。
可能性も無限。
執着しなくても大丈夫。
いくらでも、どうにでもなるんだよ。
再体験したかったら、いくらでもできるよ。
無限の機会があるんだから。
なーんにも心配する必要はない。
ゆっくり、のんびり、大丈夫だ。
更新
2012年3月24日多忙で更新する時間がありません。
久しぶりにブログを覗いてみたら、一ヶ月以上も更新していなかったとは、
自分でもちょっと驚きでした。
また時間ができたら、更新します。<(_ _)>
ツイッターで、毎日、光のメッセージをお届けしています。
よろしければ、Twitterへ、どうぞ。>>Hikarinokimibot
思いの世界
2012年2月19日
『木霊の森』

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日記『無色透明』 2007年 ”1005日目 - 思いの世界” より転載。
☆ 思いの世界
今日、ものみの塔の人が訪ねてきた。
初めて見る顔だった。
「死について考えたことはありますか」
「まあ、考えないこともないけど・・・」
曖昧な返事をしていると、聖書に回答があると言われた。
聖書を読めば慰められるとも言われた。
死や天国について、聖書に詳しく書かれていると・・・
それを信じれば、救われる?
信じるということは、思い込むということ?
思い込めば、慰められる?
確かに!
死んでも天国へ行くと思えば、心は落ち着く。
でも、それは思い込みの世界。
自分の心地よいように思い込んで、自分を納得させただけ。
自分で納得して、自己満足しているだけ。
思いの世界で生きているだけ。
不安も心配も、思いの次元。
その逆を思うことで、慰められるだけ。
ただ思いが変化しているだけ。
思いによって感情も変化する。
思いによって人は揺さぶられ、思いによって人は変化する。
人の中に占める思いの割合は大きい。
思いベース。
思いの中で、のたうち回っているだけ。
別にそれがいけない訳ではない。
ただの事実。
その事実に気づかないまま終わる一生。
思いの中で右往左往する人生。
思いを変えることで、人生は180度変わる。
しかし、思いの世界に変わりはない。
お釈迦様の掌の上で踊る孫悟空と異ならない。
どこまで行っても思いの世界。
思いの世界で六道輪廻しているだけ。
天国から地獄まで体験しているだけ。
それも悪くはない。
しかし、そのことを理解しない限り、自分のシッポを追いかけ回す犬と変わらない。
六道輪廻の世界にいる限り、自分の思いに振り回される。
生老病死、四苦八苦・・・
カルマの輪の中から抜け出すことはできない。
限られた選択肢があるだけで、完全な自由はない。
人生を理解することだけが、自由をもたらす。
理解がない限り、人はカルマの奴隷。
思いの世界の囚われ人。
そのことにさえ気づかずに一生を終わる。
それが、無明。
明かりがないこと。
光がないこと。
何もわからず闇の中を彷徨うのみ。
思い方を変えることによって、慰められる?
思い方を変えることによって、幸せになれる?
確かにそうかもしれない。
しかし、また思い方が変われば、地獄に落ちてしまう。
思いの世界は一定しない。
常に変化している。
思いの世界に不変のものはない。
思いの世界は動揺する世界。
湖面の波立つ世界。
深い静謐は望めない。
思いの世界を否定する必要はない。
しかし、それがすべてでもない。
思いの世界を理解して、思いの世界から自由になる。
思いの世界をわかって、思いの世界から離れる。
思いの世界を深く体験して、思いの世界を自由に使いこなす。
思いの世界に拘泥(こうでい)しない。
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日記『無色透明』 2007年 ”1005日目 - 思いの世界” より転載。
☆ 思いの世界
今日、ものみの塔の人が訪ねてきた。
初めて見る顔だった。
「死について考えたことはありますか」
「まあ、考えないこともないけど・・・」
曖昧な返事をしていると、聖書に回答があると言われた。
聖書を読めば慰められるとも言われた。
死や天国について、聖書に詳しく書かれていると・・・
それを信じれば、救われる?
信じるということは、思い込むということ?
思い込めば、慰められる?
確かに!
死んでも天国へ行くと思えば、心は落ち着く。
でも、それは思い込みの世界。
自分の心地よいように思い込んで、自分を納得させただけ。
自分で納得して、自己満足しているだけ。
思いの世界で生きているだけ。
不安も心配も、思いの次元。
その逆を思うことで、慰められるだけ。
ただ思いが変化しているだけ。
思いによって感情も変化する。
思いによって人は揺さぶられ、思いによって人は変化する。
人の中に占める思いの割合は大きい。
思いベース。
思いの中で、のたうち回っているだけ。
別にそれがいけない訳ではない。
ただの事実。
その事実に気づかないまま終わる一生。
思いの中で右往左往する人生。
思いを変えることで、人生は180度変わる。
しかし、思いの世界に変わりはない。
お釈迦様の掌の上で踊る孫悟空と異ならない。
どこまで行っても思いの世界。
思いの世界で六道輪廻しているだけ。
天国から地獄まで体験しているだけ。
それも悪くはない。
しかし、そのことを理解しない限り、自分のシッポを追いかけ回す犬と変わらない。
六道輪廻の世界にいる限り、自分の思いに振り回される。
生老病死、四苦八苦・・・
カルマの輪の中から抜け出すことはできない。
限られた選択肢があるだけで、完全な自由はない。
人生を理解することだけが、自由をもたらす。
理解がない限り、人はカルマの奴隷。
思いの世界の囚われ人。
そのことにさえ気づかずに一生を終わる。
それが、無明。
明かりがないこと。
光がないこと。
何もわからず闇の中を彷徨うのみ。
思い方を変えることによって、慰められる?
思い方を変えることによって、幸せになれる?
確かにそうかもしれない。
しかし、また思い方が変われば、地獄に落ちてしまう。
思いの世界は一定しない。
常に変化している。
思いの世界に不変のものはない。
思いの世界は動揺する世界。
湖面の波立つ世界。
深い静謐は望めない。
思いの世界を否定する必要はない。
しかし、それがすべてでもない。
思いの世界を理解して、思いの世界から自由になる。
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風邪
2012年2月10日
『木霊の森の沢の紅葉』

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日記『無色透明』 2007年 ”772日目 - 風邪” より転載。
☆ 風邪
風邪の時は
風邪を活かす
何も無駄にしない
何も問題はない
風邪の時は
自然に体がゆるむ
心身に固まっているものを解放するために
自然に心身がゆるむ
その結果
体はだるくなり
意識は朦朧とし
締まりがなくなる
いつもは緊張して生きている
適度な緊張は必要
しかし
過度の緊張は負担となる
必要以上の緊張によって
心身はこわばってしまう
心身に硬いシコリができ
やがて限界に達する
その時
風邪をひく
解放の始まり
本来の状態への回帰
それは自然現象
日常的にシコリをほぐしていない限り
限界まで溜まったものは
一気に解放されようとする
それが病気という現象になって現れる
だから
別に病気を嫌がることはない
健康回復のプロセスに過ぎない
体の中や心の中に溜まってしまった塊
それはほぐす必要がある
そのためには
心身をゆるめるしかない
真からゆるめるためには
無理をしないで
ゆっくり休むしかない
体は休息を要求する
無理をして動いたり
薬を飲んだりすると
ゆるむことがストップしてしまう
解放が中途半端に終わってしまう
ゆるみきらせることによって
これまで溜まっていたものが解き放たれる
そして
本来のしなやかな状態に戻る
中途半端にすれば
近い将来
また
同じことの繰り返し
ゆるめるなら徹底的にやらないと
ゆるめる意味がない
中途半端では
何度も苦しい目に遭うだけ
自分の体を
信頼しきることだろうか
信頼すれば
体は信頼に応えてくれる
不安や心配は
体にとって負担となる
せっかくゆるみそうになっていたものが
また緊張してしまう
不安や心配は
体だけでなく
心にも負担になる
それでは心がゆるまない
体も心も自然に解放される
スポンジを強く握って離すと
自然に元に戻るように
心身は健康体に戻ろうとする
それが
自然のシステム
それが
いのちというもの
それを自分で止めないことだろうか
せっかくの健康回帰を
表面意識の不安や心配で
ストップさせないことだろうか
いのちを信頼する
自然を信頼する
宇宙を信頼する
自分自身を信頼する
信頼していれば
ただ任せていればいい
自我でジタバタしない
すべてをゆだねる
健康とは
自然な状態
ならば
自然に任せるしかない
自分でなんとかしようとするから
より不自然になってしまう
せっかくの自然のシステムを
人間がメチャクチャにする
人は自分を信頼しているだろうか
人は自然を信頼しているだろうか
人は宇宙を信頼しているだろうか
人はすべてを信頼しているだろうか
人は自分を信頼していないかもしれない
人は自然を信頼していないかもしれない
人は宇宙を信頼していないかもしれない
人はすべてを信頼していないかもしれない
究極は
どれだけ深く
体を信頼し
心を信頼し
自分を信頼し
自然を信頼し
宇宙を信頼し
すべてを信頼するかに尽きる
信頼があるところに不安はない
では
その信頼は
どこから生まれるのだろうか
それは
理解
深い理解
真にわかることから生まれる
知的な理解ではなく
頭の理解ではなく
表面意識の理解ではなく
もっと深い理解
真にわかることから
信頼は自然に生まれる
殊更に信頼を意識する必要もない
深い信頼がそこにある
意外なことに
人は自分を知らない
人は自分のことをわかっていない
自分のことだけではなく・・・
本質的なことは何もわかっていない
不思議なことに
それでも生きている
それでも生きられる
しかし
その生には
不安や心配が同居している
真のやすらぎはない
いかに深く自分を理解するか
それがそのまま
心のやすらぎに直結する
そこに不動の信頼がある
人は自分の体や心を信頼していない
人は自分の体や心をよくわかっていない
だから
不安や心配と共に生きている
自然のシステムも
宇宙の流れも
ほとんど知らない
それでも生きている
深く深く人生を理解する
理解から信頼が生まれ
安心が生まれ
心のやすらぎが生まれる
心を込め
魂を込め
全身全霊で
自分自身を理解する
風邪の時は
風邪になりきり
風邪を理解する
痛みや苦しみに負けない
負けて薬に頼らない
安直に楽を求めない
真に理解するためには
その中に飛び込むしかない
苦しみから
逃げない
直面し
直視する
直視して
理解する
深く
全身全霊で
その時に
深い深いやすらぎがやって来る
それは
イージーな道ではない
命を賭けるぐらいの気合がないと
飛び込めない
すべてを捨てるくらいの気合がないと
真実はわからない
心を込め
魂を込め
全身全霊で生きる
それが必要な時もある
『倒れたら 倒れたままで いればいい 信頼しきって すべてゆだねて』
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日記『無色透明』 2007年 ”772日目 - 風邪” より転載。
☆ 風邪
風邪の時は
風邪を活かす
何も無駄にしない
何も問題はない
風邪の時は
自然に体がゆるむ
心身に固まっているものを解放するために
自然に心身がゆるむ
その結果
体はだるくなり
意識は朦朧とし
締まりがなくなる
いつもは緊張して生きている
適度な緊張は必要
しかし
過度の緊張は負担となる
必要以上の緊張によって
心身はこわばってしまう
心身に硬いシコリができ
やがて限界に達する
その時
風邪をひく
解放の始まり
本来の状態への回帰
それは自然現象
日常的にシコリをほぐしていない限り
限界まで溜まったものは
一気に解放されようとする
それが病気という現象になって現れる
だから
別に病気を嫌がることはない
健康回復のプロセスに過ぎない
体の中や心の中に溜まってしまった塊
それはほぐす必要がある
そのためには
心身をゆるめるしかない
真からゆるめるためには
無理をしないで
ゆっくり休むしかない
体は休息を要求する
無理をして動いたり
薬を飲んだりすると
ゆるむことがストップしてしまう
解放が中途半端に終わってしまう
ゆるみきらせることによって
これまで溜まっていたものが解き放たれる
そして
本来のしなやかな状態に戻る
中途半端にすれば
近い将来
また
同じことの繰り返し
ゆるめるなら徹底的にやらないと
ゆるめる意味がない
中途半端では
何度も苦しい目に遭うだけ
自分の体を
信頼しきることだろうか
信頼すれば
体は信頼に応えてくれる
不安や心配は
体にとって負担となる
せっかくゆるみそうになっていたものが
また緊張してしまう
不安や心配は
体だけでなく
心にも負担になる
それでは心がゆるまない
体も心も自然に解放される
スポンジを強く握って離すと
自然に元に戻るように
心身は健康体に戻ろうとする
それが
自然のシステム
それが
いのちというもの
それを自分で止めないことだろうか
せっかくの健康回帰を
表面意識の不安や心配で
ストップさせないことだろうか
いのちを信頼する
自然を信頼する
宇宙を信頼する
自分自身を信頼する
信頼していれば
ただ任せていればいい
自我でジタバタしない
すべてをゆだねる
健康とは
自然な状態
ならば
自然に任せるしかない
自分でなんとかしようとするから
より不自然になってしまう
せっかくの自然のシステムを
人間がメチャクチャにする
人は自分を信頼しているだろうか
人は自然を信頼しているだろうか
人は宇宙を信頼しているだろうか
人はすべてを信頼しているだろうか
人は自分を信頼していないかもしれない
人は自然を信頼していないかもしれない
人は宇宙を信頼していないかもしれない
人はすべてを信頼していないかもしれない
究極は
どれだけ深く
体を信頼し
心を信頼し
自分を信頼し
自然を信頼し
宇宙を信頼し
すべてを信頼するかに尽きる
信頼があるところに不安はない
では
その信頼は
どこから生まれるのだろうか
それは
理解
深い理解
真にわかることから生まれる
知的な理解ではなく
頭の理解ではなく
表面意識の理解ではなく
もっと深い理解
真にわかることから
信頼は自然に生まれる
殊更に信頼を意識する必要もない
深い信頼がそこにある
意外なことに
人は自分を知らない
人は自分のことをわかっていない
自分のことだけではなく・・・
本質的なことは何もわかっていない
不思議なことに
それでも生きている
それでも生きられる
しかし
その生には
不安や心配が同居している
真のやすらぎはない
いかに深く自分を理解するか
それがそのまま
心のやすらぎに直結する
そこに不動の信頼がある
人は自分の体や心を信頼していない
人は自分の体や心をよくわかっていない
だから
不安や心配と共に生きている
自然のシステムも
宇宙の流れも
ほとんど知らない
それでも生きている
深く深く人生を理解する
理解から信頼が生まれ
安心が生まれ
心のやすらぎが生まれる
心を込め
魂を込め
全身全霊で
自分自身を理解する
風邪の時は
風邪になりきり
風邪を理解する
痛みや苦しみに負けない
負けて薬に頼らない
安直に楽を求めない
真に理解するためには
その中に飛び込むしかない
苦しみから
逃げない
直面し
直視する
直視して
理解する
深く
全身全霊で
その時に
深い深いやすらぎがやって来る
それは
イージーな道ではない
命を賭けるぐらいの気合がないと
飛び込めない
すべてを捨てるくらいの気合がないと
真実はわからない
心を込め
魂を込め
全身全霊で生きる
それが必要な時もある
『倒れたら 倒れたままで いればいい 信頼しきって すべてゆだねて』
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浄化
2012年2月5日
『木霊の森』

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日記『無色透明』 2011年 ”2406日目 - 浄化” より転載。
☆ 浄化
心だけでなく、体も調整する必要があります。
波動を速くし、軽やかにする必要があるのです。
体もクリスタル化していくのです。
それには・・・
肉食は、重たすぎます。
波動が、あまりにも遅いのです。
植物性のものの方が、波動が軽やかです。
いつまでも肉を食べていたら、体の波動を速くすることはできません。
別に肉を食べなくても生きていけます。
むしろ食べない方が、健康的です。
肉をたくさん食べれば、心身の波動が荒くなります。
いつもイライラし、心が落ち着きません。
植物性のものを食べていると、心身は穏やかです。
平和になり、安定します。
これからの時代の心身にするには、肉はない方がいいでしょう。
アセンションしたかったら、肉とは決別するしかないと思いますよ。
動物を殺して食べること自体が、もう時代に合わないでしょう。
これからは、もっと平和的に生きる時代です。
肉を食べなくなって、もう40年近くなります。
至って健康です。
病気することもなく、元気に暮らしています。
病院や医者とは、まったく縁がありません。
肉を食べない方が、むしろ健康に生きられると思いますよ。
心身の波動が速くなればなるほど、自分の意識が心身に浸透します。
心身が、自分の意識のままになっていきます。
これまでは、環境や周りの影響下にありました。
しかし、これからは自分の意識の影響を強く受けるようになります。
実は、これまでも最終的には自分の意識のままになっていました。
ところが、あまりにも波動が遅すぎて、わかりにくかったのです。
結果が、すぐには出ませんでした。
しかし、波動が速くなると、即結果が現れます。
意識が、心身の隅々にまで浸透するのです。
そして、すべてが意のままになっていきます。
人生が、自分のものになってくるのです。
運命に翻弄されるのではなく、運命を創造するのです。
それが、新しい時代の生き方です。
主体性をしっかりと確立することですね。
何事もあなた任せにしない。
自分のことは、自分で責任を持つことです。
いかに波動を上げていくか。
心も体も波動を上げていく必要があります。
それには、食べるものにも心のあり方にも気をつける必要があるのです。
無意識ではなく、一つ一つ注意深く生きることですね。
生活全般を見直す必要があります。
自分の生き方を常に問い直す必要があるのです。
その日々の生き方が、アセンションにつながります。
日々の生きる姿勢が、人生を決めていきます。
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日記『無色透明』 2011年 ”2406日目 - 浄化” より転載。
☆ 浄化
心だけでなく、体も調整する必要があります。
波動を速くし、軽やかにする必要があるのです。
体もクリスタル化していくのです。
それには・・・
肉食は、重たすぎます。
波動が、あまりにも遅いのです。
植物性のものの方が、波動が軽やかです。
いつまでも肉を食べていたら、体の波動を速くすることはできません。
別に肉を食べなくても生きていけます。
むしろ食べない方が、健康的です。
肉をたくさん食べれば、心身の波動が荒くなります。
いつもイライラし、心が落ち着きません。
植物性のものを食べていると、心身は穏やかです。
平和になり、安定します。
これからの時代の心身にするには、肉はない方がいいでしょう。
アセンションしたかったら、肉とは決別するしかないと思いますよ。
動物を殺して食べること自体が、もう時代に合わないでしょう。
これからは、もっと平和的に生きる時代です。
肉を食べなくなって、もう40年近くなります。
至って健康です。
病気することもなく、元気に暮らしています。
病院や医者とは、まったく縁がありません。
肉を食べない方が、むしろ健康に生きられると思いますよ。
心身の波動が速くなればなるほど、自分の意識が心身に浸透します。
心身が、自分の意識のままになっていきます。
これまでは、環境や周りの影響下にありました。
しかし、これからは自分の意識の影響を強く受けるようになります。
実は、これまでも最終的には自分の意識のままになっていました。
ところが、あまりにも波動が遅すぎて、わかりにくかったのです。
結果が、すぐには出ませんでした。
しかし、波動が速くなると、即結果が現れます。
意識が、心身の隅々にまで浸透するのです。
そして、すべてが意のままになっていきます。
人生が、自分のものになってくるのです。
運命に翻弄されるのではなく、運命を創造するのです。
それが、新しい時代の生き方です。
主体性をしっかりと確立することですね。
何事もあなた任せにしない。
自分のことは、自分で責任を持つことです。
いかに波動を上げていくか。
心も体も波動を上げていく必要があります。
それには、食べるものにも心のあり方にも気をつける必要があるのです。
無意識ではなく、一つ一つ注意深く生きることですね。
生活全般を見直す必要があります。
自分の生き方を常に問い直す必要があるのです。
その日々の生き方が、アセンションにつながります。
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霊能
2012年1月29日
『木霊たち』

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日記『無色透明』 2010年 ”1858日目 - 霊能” より転載。
☆ 霊能
昨日は、長電話が二本あった。
両方とも古くからの知り合い。
しかし、片方の人は、何かが変になっていた。
なぜこんな状態になったのだろうか・・・
彼は、霊的なヒーリングができる人。
そのため、かなり無理をして人を救ったりしていた。
エネルギーも清浄で、知的で冷静な人だった。
ところが・・・
昨日の電話は、明らかに異常だった。
以前の彼とは、まったく違っていた。
落着きがなく、何かに追いかけられている感じだった。
言葉が宙を飛んでいた。
なぜこうなってしまったのだろうか。
彼によれば、誰かに霊的に攻撃されているとか。
実際にストーカーする人までいるとか。
普通の感覚では、精神状態を疑わざるを得ないような内容だった。
彼は、霊能のある人。
ブラックではなくて、ホワイト。
私利私欲に走るような人ではなかった。
にもかかわらず、この状態とは?
あまりにも霊的なことに関わり過ぎたのかもしれない。
霊的なことばかりをやり過ぎて、現実的なことが疎(おろそ)かになった
のかもしれない。
あるいは、霊障を自分で引き受け過ぎたのかもしれない。
いずれにしても、まったくグランディングが効いていない状態だった。
このままいけば、いわゆる「行者の末路」になりかねない。
ミイラ取りが、ミイラになってしまう。
霊能が、身を滅ぼす。
なんとも残念な結果となる。
今の時代に必要なものは、霊能ではない。
今の時代に必要なものは、クリアーな意識。
霊能は、その付随物。
あってもなくても、どちらでもいい。
霊能にばかり意識が向くと、本来の自分を見失ってしまう。
霊能を使い過ぎると、謙虚さをなくす。
力に頼れば、光を見失う。
精神的な力であれ霊的な力であれ、力を行使すれば傲慢になる。
それは、支配や戦いと繋がる。
力任せにやることは、繊細なものを壊してしまう。
愛や美は、繊細さと共にある。
力と共にあることはない。
意識をクリアーにすること。
念によって支配しようとしないこと。
良かれと思ってやることでも、力任せにやれば必ず無理が生じる。
無理が生じれば、必然的に反動が起きる。
そもそもやってあげること自体が・・・
必要最小限であるべきもの。
たとえ、それが親切でも。
やってあげれば、依存心を発生させる。
ヒーリングも医療も、治してあげればいいというものではない。
治してあげるのは、下の下。
できるだけ治してあげない方がいい。
自分で治る方法をアドバイスするのが、ベスト。
治してあげても、また病気になる。
やってあげれば、依存心を増やすだけ。
自分で自立するサポートをする。
それが最上の方法。
ただ黙って見守る。
それが、究極の愛。
ただ愛のエネルギーを送るだけ。
ただ愛おしく包み込むだけ。
何もしないのが、最上。
アドバイスが、その次。
必要最小限の手助けは、最後の手段。
何でもやってあげるのは、最悪。
自分のことは、自分でやってもらう。
それが、人を尊重するということ。
やってあげるのが、親切ではない。
どうしてもできない場合のみ、必要最小限のサポートをする。
お互いに自立して生きる。
それが、これからの基本テーゼ。
やってあげればいいというものではない。
それは、極めて浅はかな考え。
意識が深くなればなるほど、何もしないもの。
何もしないで、ただ見守る。
何かやってあげようとするのは、目立ちたがり屋。
自我そのもの。
褒められたいとか、認められたいからやるだけ。
自分がやってあげているという自負心。
自負心は、やがて慢心に変わる。
いずれにしても、自己満足。
この世的なものも霊的なものも、やってあげるのは必要最小限。
基本は、自立をサポートするという方向性。
親切が仇(あだ)になることもある。
やさしければいいというものではない。
しっかりと相手を見つめる目。
何が必要なのかを見極める意識。
たたやってあげるのは、あまりにもイージー。
透き通るような意識が、何よりも重要。
人を救うことはできない。
人を助けることもできない。
人は、自分で助かるのみ。
できることは、それを応援するだけ。
人を助けようとすれば、人を支配することになりやすい。
それは、他人依存を助長する。
真の自立を遠ざける。
ただただ自立を願って、必要最小限のことをさせてもらうのみ。
時代のトレンドは、「シンプル」に流れている。
救ったり、救われたり・・・
支配したり、支配されたり・・・
そういう時代は、既に終わった。
ヒーリングもほどほどに。
やってあげるのは、必要最小限。
方向性は、自立。
その人が、自(みずか)ら光り輝くように・・・
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☆ 霊能
昨日は、長電話が二本あった。
両方とも古くからの知り合い。
しかし、片方の人は、何かが変になっていた。
なぜこんな状態になったのだろうか・・・
彼は、霊的なヒーリングができる人。
そのため、かなり無理をして人を救ったりしていた。
エネルギーも清浄で、知的で冷静な人だった。
ところが・・・
昨日の電話は、明らかに異常だった。
以前の彼とは、まったく違っていた。
落着きがなく、何かに追いかけられている感じだった。
言葉が宙を飛んでいた。
なぜこうなってしまったのだろうか。
彼によれば、誰かに霊的に攻撃されているとか。
実際にストーカーする人までいるとか。
普通の感覚では、精神状態を疑わざるを得ないような内容だった。
彼は、霊能のある人。
ブラックではなくて、ホワイト。
私利私欲に走るような人ではなかった。
にもかかわらず、この状態とは?
あまりにも霊的なことに関わり過ぎたのかもしれない。
霊的なことばかりをやり過ぎて、現実的なことが疎(おろそ)かになった
のかもしれない。
あるいは、霊障を自分で引き受け過ぎたのかもしれない。
いずれにしても、まったくグランディングが効いていない状態だった。
このままいけば、いわゆる「行者の末路」になりかねない。
ミイラ取りが、ミイラになってしまう。
霊能が、身を滅ぼす。
なんとも残念な結果となる。
今の時代に必要なものは、霊能ではない。
今の時代に必要なものは、クリアーな意識。
霊能は、その付随物。
あってもなくても、どちらでもいい。
霊能にばかり意識が向くと、本来の自分を見失ってしまう。
霊能を使い過ぎると、謙虚さをなくす。
力に頼れば、光を見失う。
精神的な力であれ霊的な力であれ、力を行使すれば傲慢になる。
それは、支配や戦いと繋がる。
力任せにやることは、繊細なものを壊してしまう。
愛や美は、繊細さと共にある。
力と共にあることはない。
意識をクリアーにすること。
念によって支配しようとしないこと。
良かれと思ってやることでも、力任せにやれば必ず無理が生じる。
無理が生じれば、必然的に反動が起きる。
そもそもやってあげること自体が・・・
必要最小限であるべきもの。
たとえ、それが親切でも。
やってあげれば、依存心を発生させる。
ヒーリングも医療も、治してあげればいいというものではない。
治してあげるのは、下の下。
できるだけ治してあげない方がいい。
自分で治る方法をアドバイスするのが、ベスト。
治してあげても、また病気になる。
やってあげれば、依存心を増やすだけ。
自分で自立するサポートをする。
それが最上の方法。
ただ黙って見守る。
それが、究極の愛。
ただ愛のエネルギーを送るだけ。
ただ愛おしく包み込むだけ。
何もしないのが、最上。
アドバイスが、その次。
必要最小限の手助けは、最後の手段。
何でもやってあげるのは、最悪。
自分のことは、自分でやってもらう。
それが、人を尊重するということ。
やってあげるのが、親切ではない。
どうしてもできない場合のみ、必要最小限のサポートをする。
お互いに自立して生きる。
それが、これからの基本テーゼ。
やってあげればいいというものではない。
それは、極めて浅はかな考え。
意識が深くなればなるほど、何もしないもの。
何もしないで、ただ見守る。
何かやってあげようとするのは、目立ちたがり屋。
自我そのもの。
褒められたいとか、認められたいからやるだけ。
自分がやってあげているという自負心。
自負心は、やがて慢心に変わる。
いずれにしても、自己満足。
この世的なものも霊的なものも、やってあげるのは必要最小限。
基本は、自立をサポートするという方向性。
親切が仇(あだ)になることもある。
やさしければいいというものではない。
しっかりと相手を見つめる目。
何が必要なのかを見極める意識。
たたやってあげるのは、あまりにもイージー。
透き通るような意識が、何よりも重要。
人を救うことはできない。
人を助けることもできない。
人は、自分で助かるのみ。
できることは、それを応援するだけ。
人を助けようとすれば、人を支配することになりやすい。
それは、他人依存を助長する。
真の自立を遠ざける。
ただただ自立を願って、必要最小限のことをさせてもらうのみ。
時代のトレンドは、「シンプル」に流れている。
救ったり、救われたり・・・
支配したり、支配されたり・・・
そういう時代は、既に終わった。
ヒーリングもほどほどに。
やってあげるのは、必要最小限。
方向性は、自立。
その人が、自(みずか)ら光り輝くように・・・
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いのち
2012年1月20日
『竜宮行きの亀』

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日記『無色透明』 2010年 ”2141日目 - インカローズ” より転載。
☆いのち
体のことは、体にまかせればいい。
体のことは、体が一番知っている。
人間が知っているのは、体のほんの一部。
断片的なことしか知らないのに、体をいじりまわす。
今の医者が、体をトータルに知っているだろうか。
体は、自分のことをトータルにわかっている。
いのちは、いのちを知っている。
いのち以上にいのちを知っているものはいない。
いのちは、いのちにゆだねる。
それ以上のヒーリングはない。
いのちは、必要なことをしてくれる。
人が為すべきことは、それをサポートすること。
いのちが働きやすいようにすること。
いのちの働きを妨げないこと。
いのちを尊重し、いのちと共に生きること。
そのことを肝に銘ずべきではないだろうか。
今の医学は、本末転倒。
医者が、主役になっている。
医者が、病気を治してくれることになっている。
医者は、病気を治せない!
そんな当たり前のことが、世間では通用しない。
世の中全体が、おかしくなっている。
医者は、病気を治せない。
病気を治せるのは、体=いのちのみ。
体にまかせる。
自然にまかせる。
宇宙にまかせる。
それには・・・
深い理解がいる。
理解のないままにまかせれば、信仰になってしまう。
信仰は、不安定。
信じてよいのかどうか、常に疑いと背中合わせ。
信じるのではなくて、理解すること。
体を理解し、宇宙を理解する。
理解すれば、信じる必要はない。
無知であるが故に、信じるしかなくなる。
気づくことによって、自分への理解が深まる。
自分自身に気づくことが、真実に生きることを確かにする。
思い込みだらけの自分で生きたのでは、人生の真の豊かさはわからない。
自分自身を知ることが、宇宙の真理へ導く。
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日記『無色透明』 2010年 ”2141日目 - インカローズ” より転載。
☆いのち
体のことは、体にまかせればいい。
体のことは、体が一番知っている。
人間が知っているのは、体のほんの一部。
断片的なことしか知らないのに、体をいじりまわす。
今の医者が、体をトータルに知っているだろうか。
体は、自分のことをトータルにわかっている。
いのちは、いのちを知っている。
いのち以上にいのちを知っているものはいない。
いのちは、いのちにゆだねる。
それ以上のヒーリングはない。
いのちは、必要なことをしてくれる。
人が為すべきことは、それをサポートすること。
いのちが働きやすいようにすること。
いのちの働きを妨げないこと。
いのちを尊重し、いのちと共に生きること。
そのことを肝に銘ずべきではないだろうか。
今の医学は、本末転倒。
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医者が、病気を治してくれることになっている。
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大日如来
2012年1月15日
『海と山と光と』

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日記『無色透明』 2009年 ”1831日目 - 大日如来” より転載。
☆ 大日如来
大日如来は、すべての衆生を抱きしめている。
無限の慈愛で、無条件に抱擁している。
ただただ慈しみのエネルギーが、あふれている。
何も求めてはいない。
大日如来は、何もしゃべらない。
ただ静かに座っている。
尽きることのない慈愛で、すべてを見守っている。
大日如来に見守られ、衆生は生きている。
誰も見守ってくれる人はいない?
みんなに見捨てられた?
そんなことはない。
そんなことは、けっしてない。
この世の人が誰ひとり振り向かなくても、大日如来は常にやさしく見守っている。
見放すことはない。
いつも変わらぬ静かな慈愛のエネルギーを放っている。
すべての人を深く包み込み、限りなく慈しんでいる。
『透き通る 静けさのなか どこまでも 遍(あまね)く慈愛 満ち満ちている』

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☆ 大日如来
大日如来は、すべての衆生を抱きしめている。
無限の慈愛で、無条件に抱擁している。
ただただ慈しみのエネルギーが、あふれている。
何も求めてはいない。
大日如来は、何もしゃべらない。
ただ静かに座っている。
尽きることのない慈愛で、すべてを見守っている。
大日如来に見守られ、衆生は生きている。
誰も見守ってくれる人はいない?
みんなに見捨てられた?
そんなことはない。
そんなことは、けっしてない。
この世の人が誰ひとり振り向かなくても、大日如来は常にやさしく見守っている。
見放すことはない。
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光の誕生
2012年1月3日
『朝陽』

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☆ 光の誕生
『東雲(しののめ)の 光は強く 輝いて 遍(あまね)く地上 照らし始める』
すべての過去が一掃される。
すべてが今にフォーカスされる。
光に照らされ、今が前面に現れる。
過去や未来は、舞台の後ろに去っていく。
光のなかを光と共に歩む。
光は、今ここにある。
アセンションを待つこともない。
今ここは、常に光に満ちている。
明けましておめでとうございます。
光さらに増す2012年。
皆様お一人お一人が光り輝き光放つ年となりますように。
ぴあの

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光に照らされ、今が前面に現れる。
過去や未来は、舞台の後ろに去っていく。
光のなかを光と共に歩む。
光は、今ここにある。
アセンションを待つこともない。
今ここは、常に光に満ちている。
明けましておめでとうございます。
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真の主体性
2011年12月24日
『光の屏風』

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日記『無色透明』 2009年 ”1644日目 - 真の主体性” より転載。
『真の主体性』
人は、周りから何か言われると反応する。
褒められても貶(けな)されても、感情が反応する。
反応してはいけないということはない。
しかし・・・
ひとこと言われる度に過敏に反応し、思考がフル回転するのもどんなものだろうか。
感情が掻き乱されて自分を見失っては、周りに翻弄されているとしか言いようがない。
常に心静かに聞いていることはできないのだろうか。
周りに左右されず、常に霊静でいることはできるのだろうか。
周りがどうであれ、自分は静かに輝いている。
何事にも心乱されることなく、霊静に対応する。
状況に対して適切に対処しながらも、主体性を奪われることはない。
そういうふうには生きられないのだろうか。
ほとんどの人は、周りしだい。
周りからの働きかけに、自分の思い込みが反応する。
よくよく観察すれば、反応しているのは思い込み。
いつものパターン。
周りも思い込み。
自分も思い込み。
思い込みと思い込みが反応し合っているだけ。
そんなことはない?
本当にそうでなければ、すばらしい。
周りからの作用に対して、いつも静かに自分をキープしていられたら称賛に値する。
いつも霊静な自分自身でいることは、至難の業。
心は、この世的なことに翻弄されやすい。
自分自身の主体性は、どこからやってくるのだろうか。
今生の経験?
世間の常識や習慣?
マスコミの影響や親からの刷り込み?
自分自身のなかにあるものは、何だろうか。
真の主体性とは、何だろうか。
周りに影響されて右往左往するのが、真の主体性でないのは明らか。
そうではなくて、揺るぎないものがあるだろうか。
自分のなかに変わらぬものがあるだろうか。
魂の願いが息づいているだろうか。
それとも、あるのはこの世的な快楽だけだろうか。
地位や名誉や財産や肉体の悦楽だろうか。
周りに左右されない真の主体性は、魂からやってくる。
魂の願いが、この世における真の主体性。
この世に生れてきた目的。
この世で達成したい事々。
自分自身を観察すれば、あまりにも周りに左右されている自分を発見する。
真の主体性は希薄で、感情や思考が反応するばかり。
この世は、思い込みと思い込みがぶつかり合うところ。
魂レベルで生きている人は、極めて少ない。
魂の真の願いを生きる時、一喜一憂、喜怒哀楽はない。
それらは、この世的に生きる時に付随するもの。
この世のドラマを演じる時、味付けとして存在するだけ。
しかし、魂のドラマには、一喜一憂、喜怒哀楽はない。
ただひたすらな願いがある。
今生に生れてきた覚悟がある。
真に生きようとする情熱がある。
周りに影響されるのではなく、周りに影響を与えるエネルギーがある。
この世限りのドラマに未来はない。
魂のドラマが始まろうとしている。
真に生きることが始まろうとしている。
この世とあの世の区別のないドラマが始まろうとしている。
魂が、この世に影響を与える時がスタートしようとしている。
物質世界の影響下から抜け出し、物質次元を魂ナイズする時がきている。
魂が思い描くビジョンを現実化する時を迎えている。
時の流れが逆転する。
これまで物質に呑み込まれていた魂が、これからは物質を自由に使いこなす。
真の主体性が確立する。
周囲に翻弄される生から、周囲を創造する生へ変わる。
魂の望みを叶える時がきている。
主体性の根拠は、魂にある。
魂ベースが、これからの生き方。
肉体ベースは、もう過去のもの。
物質ベースは、既に終わっている。
意識を内に向ける時。
常に魂を意識して生きる時。
魂をこの世に表現して生きる時。
周りに影響されて生きる時代は終わった。

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日記『無色透明』 2009年 ”1644日目 - 真の主体性” より転載。
『真の主体性』
人は、周りから何か言われると反応する。
褒められても貶(けな)されても、感情が反応する。
反応してはいけないということはない。
しかし・・・
ひとこと言われる度に過敏に反応し、思考がフル回転するのもどんなものだろうか。
感情が掻き乱されて自分を見失っては、周りに翻弄されているとしか言いようがない。
常に心静かに聞いていることはできないのだろうか。
周りに左右されず、常に霊静でいることはできるのだろうか。
周りがどうであれ、自分は静かに輝いている。
何事にも心乱されることなく、霊静に対応する。
状況に対して適切に対処しながらも、主体性を奪われることはない。
そういうふうには生きられないのだろうか。
ほとんどの人は、周りしだい。
周りからの働きかけに、自分の思い込みが反応する。
よくよく観察すれば、反応しているのは思い込み。
いつものパターン。
周りも思い込み。
自分も思い込み。
思い込みと思い込みが反応し合っているだけ。
そんなことはない?
本当にそうでなければ、すばらしい。
周りからの作用に対して、いつも静かに自分をキープしていられたら称賛に値する。
いつも霊静な自分自身でいることは、至難の業。
心は、この世的なことに翻弄されやすい。
自分自身の主体性は、どこからやってくるのだろうか。
今生の経験?
世間の常識や習慣?
マスコミの影響や親からの刷り込み?
自分自身のなかにあるものは、何だろうか。
真の主体性とは、何だろうか。
周りに影響されて右往左往するのが、真の主体性でないのは明らか。
そうではなくて、揺るぎないものがあるだろうか。
自分のなかに変わらぬものがあるだろうか。
魂の願いが息づいているだろうか。
それとも、あるのはこの世的な快楽だけだろうか。
地位や名誉や財産や肉体の悦楽だろうか。
周りに左右されない真の主体性は、魂からやってくる。
魂の願いが、この世における真の主体性。
この世に生れてきた目的。
この世で達成したい事々。
自分自身を観察すれば、あまりにも周りに左右されている自分を発見する。
真の主体性は希薄で、感情や思考が反応するばかり。
この世は、思い込みと思い込みがぶつかり合うところ。
魂レベルで生きている人は、極めて少ない。
魂の真の願いを生きる時、一喜一憂、喜怒哀楽はない。
それらは、この世的に生きる時に付随するもの。
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しかし、魂のドラマには、一喜一憂、喜怒哀楽はない。
ただひたすらな願いがある。
今生に生れてきた覚悟がある。
真に生きようとする情熱がある。
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魂のドラマが始まろうとしている。
真に生きることが始まろうとしている。
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魂が、この世に影響を与える時がスタートしようとしている。
物質世界の影響下から抜け出し、物質次元を魂ナイズする時がきている。
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時の流れが逆転する。
これまで物質に呑み込まれていた魂が、これからは物質を自由に使いこなす。
真の主体性が確立する。
周囲に翻弄される生から、周囲を創造する生へ変わる。
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主体性の根拠は、魂にある。
魂ベースが、これからの生き方。
肉体ベースは、もう過去のもの。
物質ベースは、既に終わっている。
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